一人で眠るには広すぎるベッド。
居心地が悪くて寝返りを打った。
部屋の外に立つ護衛の気配が、過敏になった神経を逆立てる。
皇宮内の警護を強化したのは、皇帝の命を守るため。
理解していても、護衛全員にギアスがかかっているといっても、無防備に眠る気にはなれなかった。
もう一度、寝返りを打つ。ヴェロアの天蓋が視界を覆った。
身体だけでも休めるために目を閉じる。
風が、窓を鳴らした。
「無用心だね」
ぎしり、とベッドが軋む。
何ら驚くことはない。目を開ければ、目の前に黒い影があった。
「鍵、開いてたよ」
「開けておいたんだ」
窓からの訪問者は、不満そうに言う。
「毎晩たたき起こされるのは、ごめんだからな」
公的には死亡が発表された騎士は、城の中を歩けない。
だから入り口ではないところから、招いてもいないのにやってくる。
それこそ、毎晩。
「・・・嘘」
「何が」
頬に伸ばされた手を拒むことはしない。
間近に迫った緑の瞳は、底の見えない深さをしていた。
「眠れないくせに」
「っ・・・!」
反論を重ねる前に吐息が合わさる。
開きかけていた唇から、やすやすと侵入してくる。
「っ・・・、ふ・・・ぁ」
反射的に逃げそうになる舌を追いかけられて。
奪うように、それでも優しく。矛盾に満ちたリズムで絡み合う。
「ま、て・・・ス・・ザクっ」
息苦しさを訴えると、少し離れる。
上がった息を整えながら見上げると、するりと指が顎のラインを滑った。
「スザク・・・?」
身体の奥に灯った熱を誤魔化すように声をかける。
暗がりの中で、表情は見えない。
「・・・また、狙われたんだって?」
怒っているような、悲しそうな、戸惑っているような声だった。
「・・・誰から聞いた」
「C.C.だよ」
そのうち知れることだとは思っていた。別段、知らせることもないと思っていたのに。
姿の見えなかった魔女は、わざわざ伝えに行ったらしい。
「問題はない。ジェレミアが警護の増員を、」
「毒殺未遂だって聞いたけど、警護増やしてもしょうがないじゃないか」
言葉を遮って、さらに言い募る。
「咲世子さんまで牢に入れちゃって・・・ねえ、やっぱり、」
「不要だ。お前が俺の側にいることはない」
先手を取って否定を口にする。
「お前は死んだんだぞ。ふらふら出歩いてたらおかしいだろう」
「でも君が今死んだら、それこそ困るだろ」
感情の読めない声を出す。昔はもっとわかりやすいやつだったのに。
それでも言いたいことは大体わかってしまった。
「俺はまだ死なないさ」
寝る、とつぶやいて、ふいと視線をそらす。
だというのに、暖かい手が夜着の間を割って素肌を滑る。その感覚に身体の奥が疼いた。
「・・・おい、」
「まだ、眠れないだろ」
再び近づいた瞳の奥に、確かに情欲の炎を見た。
「っ・・・ふ、は・・・ぁっ!」
「ルルーシュ、」
そんな声で呼ぶな、と言ってやりたい。
行為の最中、聞いていないと思っているのか無意識なのか。時折、切なげな声で名を呼ぶ。
「・・・あっ、ん・・・」
「・・・ルルーシュ」
お互いに、言いたいことは知っている。けれど、言わない。
開いてしまった物語を、途中で終わらせることはできないから。
「や、ぁっ・・・ん!」
ふいに中心を握りこまれ、声が上がった。
思考を奪うかのように、激しく揺さぶられる。
「・・・言ってよ、ルルーシュ」
言わないよ、俺は
ずるり、と半ば引き抜かれたものが、再び奥まで突き入れられる。
跳ねて逃げそうになる身体を抱きこまれた。逃がさないとでも言うように。
「っ・・・側にいろって、言ってよ!!」
言えないよ、スザク
「あっ・・・ば、か・・・そ、こは・・・ああっ!!」
追い詰められていく。
今日も意識がとぶまで抱くつもりらしい。そうでなければ眠れないことを知っているから。
絞り出すような叫びから一転、名前を呼ぶ以外、スザクは何も言わない。
ただ、哀しそうな、つらそうな目をする。
目は口ほどにものを言う。お前たちの諺だろう?
「んんっ・・・も、やぁっ」
「ルルーシュ、」
そんな声で、呼ぶな
たらされる波の向こうでふと、仕舞い込んでいた感情が決壊するのを感じた。
「あ・・・っ」
「・・・どうしたの?」
封じていた涙がこぼれるのを見られたくなくて、少し強引にキスを強請る。
「す、ざく・・・」
「大丈夫だよ・・・」
目を閉じて、頬を滑り落ちる一滴を行為のせいにする。
なあ、スザク
俺にはまだ
お前に隠していることがあるんだ
最期まで隠し続けなければならないんだ
だからどうか
この涙の本当の意味を
お前が知ることのないように